2010年01月31日

このドキドキはなぜとまらない。グロテスクな時代の幕開けに寄せて。

さて、1月号のWZいかがだっただろうか。
2010年の幕開けを現行のフルラインナップで提供できたことを嬉しく思います。
更新タイミングのバラツキ等の責任は全て編集長にあります。申し訳ない!

軌道にのったら特集なんか組んで「色」を出していきたいですね。まあまずは、「すき」を持ち寄ることが最大のアティチュードって事で。
なので引き続き書き手を募集しています。あなたの「すき」に、あなたの「ハッピー」にあなたの「生きる意味」に、触れさせてほしい。ついったーでもここでもいい、興味があったら是非お声掛けをば。

さて。インターネットの登場によって従来型の「空間」の概念がほぼ消失し、世界は無限大に広がったにも関わらず、それぞれの檻に閉じ籠り、濃密で閉鎖的な世界に沈殿し傷を舐め合うようになるというアンビバレントな光景が日常化して久しい。つながりを求めつながりによって苦しむなんて、不幸にも程があると若年層をその只中にありながら不憫に思っている。

その大きな象徴が、「国民的アイドル」の不成立だ。
背景の最大要因は必要以上にクリアになりすぎていることだろう。
当初はマイスペに代表されるSNS文化を肯定、歓迎していたが、こと日本においてはそこから発展していく例に乏しく、せまいコミュニティで満足してしまう弊害の方が大きいのではないかと思っている。
さすがにTwitterなんかでなれ合っているだけの姿を見るとコミュニケーション過多に陥って何の生産性もないのではないかと思ってしまう。せまいコミュニティをより強固なものにするだけというか。
変革期であることは確かなのだろうが、早いところ新しい未来を見せてほしい。

そんな何もかもが自らの身近に感じられることのメリットを全否定はしないが、このような状態で「国民的アイドル」の成立は困難だろう。
一方で特定の磁場に支えられたローカルなアイドル、カリスマは成立しているが。しかし、それは、渦中にいなければつまらない。僕のような人間の場合、渦中にいてもつまらないだろう。

そういう意味で、90年代後半〜2000年代に黄金期を迎えたモーニング娘。周辺の存在と言うのは今考えると一つの時代の象徴として見事なものがあったのだと思う。
特別に熱を上げたわけでもなく、最高のアイドルはキャンディーズだと信じてやまない僕だが、今冷静に聴いてみると「アイドルポップス」として、またトライブ間をつなぐ「ポップ」として非常に優秀である。このことに関してはいずれどこかでちゃんと書きたいくらいだ。音楽的にもけっこう面白かったりしますよ…。

プログレファンクポップ!
そうだ!We’re ALIVE / モーニング娘。



今現在の僕は、本当に「自分のすきなものだけ」に囲まれて漂っていく広がりのない狭い世界がつまらなくて、気持ち悪くてしょうがないと感じている。
「すき」という感情そのものにフォーカスした共通言語でその壁をぶち壊していこうというのはその一つの試みでもあったりするのだが…。

はたして10年代はどんな時代になるのだろう。今よりずっとハッピーになっていればいいな。とりあえず、2010年1月リリースの作品は良いものが多い。幸先は良好だ。

…ところで、ほんとにアイドルポップスに火が付いてしまって、勢いでモーニング娘。周辺の楽曲を購入するに至ったわけだが、流石に店頭で買うのは恥じらいの嵐だっだので(だってニキビな学生時分でもないのに!)、iTMSにお世話になった。
配信嫌悪派だったがこの時ばかりは時代に感謝したのだった…。

ではまた次号で。
 

author:みかんぱ

posted by 編集部 at 23:45| Comment(0) | 首謀者の手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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