2010年01月22日

自分は飛べない鳥だなんて一度も思ったことがなかった

前回に引き続き、この10年を振り返る。
今回は2000年。いわゆる「ゼロ年代」の始まり。憂鬱な少年14歳。一生の友人を手にし、年上に恋をしながら同級生との恋愛ごっこに身を投じたあの年。
この年に人間・みかんぱの素地が出来上がったような気がしないでもない。
自分を形作る一つの要素である「まじめにふざける」ことの原流はこの年にあって、インターネットなんて代物にはまだまだ縁遠かった田舎の少年だった彼は、お手製ラジオ番組をカセットテープ(!)に録音し、放送するというDIYな遊びに身を投じ、周囲を巻き込み居場所を作っていった。
そこに「居場所はつくるものだ」思想の原点があることは間違いないだろう。しかし、それは自然発生的に生じたのではなく、それを激しく後押ししたものがそこにはあった。


新時代の到来を機に、社会的な共通規範の概念はいよいよ崩壊し、翌年以降、明確にポップミュージックの世界にもその影響が表れ始めるわけだが、この年はその最後のあがきともいえる、狂乱の時代にさよならを告げるかのようなビッグバラードの気持ち悪いヒットが多々あったわけだ。
そこでもともとラジオ少年だった彼は徐々にコミットできなくなりつつあった世界から逃亡するように、スピーカーの向こう側へと耳をそばだてた。
だが、当然のようにそこにも自分の聴きたい音楽や聴きたい話はなかった。だから、自分で居場所を作ったのだ。

海の向こうでは、名もなき少年にささげられた孤高の世界が広がっていたが、彼はまだゆずに共感していた。彼らの『トビラ』はその後の名作へと繋がる非常に意味のある作品だったと思っている。
そして、『図鑑』が出たのがこの年。結果的にロキノンを代表とするメディアの洗礼を受けることなく育った彼が即座に共振することはなかったが、少年は、年が明けてすぐにそのバンドが作り出した一生の名曲と出会うことになる。
そして、そのあらゆる感情がごちゃまぜになることへの憧憬を手にした彼はロックの復権を声高に宣言する連中にフラストレーションのはけ口を求めるようになり、いよいよ文字通り世界との対面を果たす。
人間としての素地が出来上がり、いよいよ長い時間をかけて嗜好の変化を遂げていくことになる、幸福な音楽との旅がスタートするのである。
 
飛べない鳥 / ゆず


次回は2001年。

author:みかんぱ


posted by 編集部 at 21:27| Comment(0) | あの1枚、この1節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。